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2007/09/16

宝篋印塔


安曇野市堀金の「大庄屋山口家」の近くです。説明書きによると、1768年に地元の女性20名によって建立されたものだそうです。目的が「関係者百余名の供養のため」と書いてあるのですが、関係者百余名がどういう事態に巻き込まれたのか肝心なことがわかりません。困った説明書きです。

この場所は、今は無い安楽寺の山門があったところでもあります。どういうように伽藍が配置されていたのでしょうか。地形的なことを考えるとかなり見栄えが良かったように思うのですが。

宝篋印塔の背後の山にピークがひとつ写っていますが、岩原城があった場所のようです。

田んぼとソバ畑


安曇野市堀金の山麓線沿いの風景です。以前にもブログにここの写真を載せたことがありました。この場所は比較的見晴しが良くて、写ってはいませんが写真の左の方には安曇野の南の田園風景が広がっています。

大宮熱田神社


松本市梓川の大宮熱田神社です。今までに何度も来ているのですが、バイクで山麓線(あるいは"日本アルプスサラダ街道")を走っていると、つい立ち寄ってしまいます。

拝殿


いつも思うのですが、あの注連(しめ)縄はどうやって組んでいるのでしょうか。運んだり持ち上げたりする時など重さがかかっていない場合は、バラバラになってしまうような気がするのですが。

本殿


国の重要文化財の本殿です。塀越しに撮るしかないので、一眼レフの場合だとファインダーを覗きながら撮るというのは、脚立でも用意していないと無理でしょう。この写真はE-410のライブビュー機能を使って、両手を上に伸ばした状態で撮っています。

広告看板


神社そのものとは関係がありません。大宮熱田神社の入り口向かいにある壁に貼ってありました。以前は参拝客が多かったのでしょうね〜、宣伝効果があったかもしれません。また、参拝客をあてにしたと思われる店舗もありましたが、どうも閉店してしまったような雰囲気でした。

それにしても、この看板に描かれているキャラクターは・・・。

釈迦堂


松本市梓川です。釈迦堂の中には釈迦如来像と地蔵菩薩立像が安置されています。釈迦如来像は檜材の一本彫りで鎌倉時代初期に作られたもの、地蔵菩薩立像はやはり鎌倉初期のもので檜の寄木造りだそうです。

元々、ここにはお寺があったようですが、1583年に小笠原氏によって焼き払われ、1669年に再建されたものの1873年に廃寺となったそうです。廃仏毀釈によるものでしょうか。

気がつきませんでしたが、ネットで調べてみると、この場所はシダレザクラでも知られているようです。春の楽しみが増えました。

金松寺

昨日UPしきれなかったので、その続きです。松本市梓川の真光寺に行ったあと、そばにある金松寺にも立ち寄ってみました。

鐘楼門


金松寺そのものはすぐにわかるのですが、参道というか境内への正式な入り口がどこなのかちょっとわかりにくいかもしれません。

2階の部分には鐘が吊るされています。

本殿


本殿は出来たばかりといった感じですが、1556年に武田晴信によって再興されたという歴史のある寺院です。正しくは「万年山 金松寺」で、曹洞宗だそうです。

電気柵


これは金松寺のすぐ近くで撮った写真ですが、梓川のこのあたりの山沿いにはずっと張り巡らされていたような印象があります。熊やカモシカ対策でしょうか。他にもいろいろな動物が住んでいそうですが。

冷蔵庫


金松寺の下にグラウンドがあって、その入り口付近に置いてあった冷蔵庫です。捨ててあるのかと思ったら、中にはゲートボール用具が・・・。ボールがピッタリ収まっているのがいいですね〜。

人気者

ここには3回ほど行ったことがありますが、当時はまだこのような人気者は居なかったです。売店なんかありましたっけ?みたいな感じで、最後に行ってから随分と年月が経ってしまったものです。

なるほど


山間の、うっそうとした木立に囲まれたような場所をイメージしていたのですが、そういうことだったんですね〜。