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穂高川に架かる乳房橋です。1934年の竣工ということで、かなりの年数が経っています。電線が邪魔ですが、向こうには有明山が見えています。
1945年4月、上原良司はこの橋の上から、見送る母親に向かって「さようなら」と3度大声で叫んだそうです。同年5月11日、鹿児島県知覧飛行場から飛び立った彼は沖縄嘉手納湾で米海軍機動部隊に突入。享年22でした。
彼が再びこの橋を渡って帰ってきたのは、翌1946年4月26日のこと。小さな骨壺に納められての帰宅です。